1950 Opel Olympia

アルバム

ファイル数:18件

1950年初頭 オペル オリンピアについて

 

車名:オペル・オリンピア・サルーン(OPEL Olympia Saloon)
製造:オペル社(ドイツ)
車種:オリンピア最終型
販売:東邦モータース(1952年頃販売開始)
年式:1950〜53年(おそらく1950年後半)
諸表:直列4気筒OHV型1,488cc、コラムシフト3速

 

オリンピア(Olympia )は1935年から第二次世界大戦による中断をはさんで1953年までと、1967年に復活してから1970年まで、ドイツの自動車メーカー・アダム・オペル社が生産した小型乗用車である。初代オリンピアは1935年2月のベルリン自動車ショーで発表された。オペルとしては新技術を大胆に採用したオリンピアは、最初の2年間に81,661台が生産された後、1937年後半にマイナーチェンジを受けて「OL38」型に進化した。第二次世界大戦開始後の1940年、アメリカ資本のオペル工場はナチス・ドイツに接収され、軍用トラック生産のために、オリンピアを含むオペル乗用車の生産は途絶えた。戦前と同一のオリンピアの生産が再開されたのは1947年であったが、ボディバリエーションは2ドアセダン一種類であった。1950年1月には最後のマイナーチェンジを受け、フロントグリルが1930年代末のアメリカ車を思わせるデザインとなった。戦後の混乱も落ち着きを取り戻し始め、2ドアセダンに加え、2ドアカブリオレ、2ドアステーションワゴンも追加された。このモデルは1950年代前半の日本にも東邦モーターズによって輸入され、輸入車としては比較的手頃な価格とドイツ製品への信頼感から人気モデルとなった。1953年にオリンピア・レコルトに交代するまでに、約160,000台が生産された。この車はそのアメリカングリルを持つ1950年〜52年のモデルである。なお、1967年以降の二代目モデルについてはここでは詳述しない。

 

The Opel Olympia is a compact car produced by the German automaker Opel from 1935 to 1940, from 1947 to 1953 and again from 1967 to 1970.

The 1935 Olympia was Germany's first mass-produced car with an all-steel unitized body (monocoque). This revolutionary technology reduced the weight of the car by 180 kilograms (400 lb.) compared to its predecessor. Production of the unibody design required new production methods and materials. Spot welding, advanced types of steel, and a new production line layout were among the many advances introduced by the Olympia.

The car was first presented in February at the 1935 Berlin Motor Show; production got under way later during that year. The Olympia was named in anticipation of the 1936 Berlin Olympic Games. Before World War II it was made in two versions. From 1935 to 1937 the Olympia had a 1.3-litre engine. For the OL38 version made from 1937 to 1940 this was replaced by a 1.5-litre overhead valve unit.

Between 1935 and the 1940 over 168,000 units were built.The name Olympia was revived in 1967 for a luxury version of the Opel Kadett B.